2009年4月24日金曜日

粉飾決算事件

当時ビジネスマンから注目度ナンバー1だったニュース、下記ニュースから抜粋。
ライブドア(LD)の粉飾決算事件で、旧証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載など)の罪に問われ、
1、2審で懲役2年6月の実刑判決を受けた元社長、堀江貴文被告(36)側が23日、
「誤った会計処理方法との認識はなかった。2審判決には重大な事実誤認があり、量刑も重すぎる」
とする上告趣意書を最高裁に提出した。
堀江被告は同日、上告趣意書提出後に東京・霞が関の司法記者クラブで会見し、改めて持論を述べた。
薄紫色のシャツの前をはだけ、ロックバンドのTシャツをのぞかせた姿で会見に臨んだ堀江被告は
「損をされた株主もいらっしゃって、経営者としては残念。
だが、私は粉飾をやろうと思って経営していたわけではなく、やったつもりもない。
株を買ってくれたみなさんのためにも、白黒つけたい」と語った。
本当はどうなのかな?最強の弁護士をつけて発言の特訓をすれば、うまいこと罪を軽く出来るんじゃないな。
まぁこれからも注目のニュースですね。

2009年4月21日火曜日

新作ソフト

不慮の事故などで突然この世を去らなければならなくなったとき、
PCに保存されている他人に絶対見られたくない情報が、
誰にも気づかれないうちに密かに完全削除される遺言ソフト。
でもどのタイミングで情報が削除されるのだろう・・・?
どうやってPCに自分の死をしらせるのだろう???
「PCに自分の心拍数を常に送信し続け脈が停止した時情報が自動削除される。」
のかと思った。笑
実際は事前にデスクトップに作成したショートカットアイコンをダブルクリックしないと
削除されないらしい・・・。
遺言書の書面で「僕が死んだらPCはすぐに廃棄してください」
と書いた方が早いんじゃないかな・・・。
ソフト開発者ももう少し考えてほしい!

2009年4月17日金曜日

アバター

チャットをするのに謎なキャラクターが画面にいたので、調べてみた。
どうやらアバターというらしい。

アバターというのはチャットなどのコミュニケーションツールで、自分の分身として画面上に登場するキャラクターで、
ゲームの主人公キャラクターのことはアバターとは呼ばない。

文字でのコミュニケーションより表情や動作も表現できるため良いものだと思うが、もっと実世界での表現に近づければさらに良いと思う。
現在普通に使用しているホームページという言葉だが、何故「ホームページ」というのだろうか。

調べてみると、「Webサイト、もしくはそのトップページ。サイトのトップではないWebページをホームページと呼ぶこともある。
また、Webブラウザを起動したとき最初に表示されるページ。
当初は、ブラウザ起動時に最初に表示されるページの意味だったが、転じてWebサイトのトップページのことを意味するようになり、
さらに、Webサイト・Webページの同義語として用いられるようになった。

2009年4月15日水曜日

ネット通販

ネット通販をはじめよう思っているのでネット通販では何がもっとも売れているのか調べてみた。

ネット通販で購入された商品は「書籍・雑誌」が49.4%で最も多かった。
2番目は「食料品・飲料(酒類を除く)」の37.1%で、「生活雑貨・小物類」が30.5%だった。
ネット通販の利用頻度は「月1回程度」が33.0%で最も多く、「月に2―3回程度」が28.4%、
「年に数回以下」が23.9%で続いた。
月の平均利用金額は5000円未満が30.2%、5000円以上1万円未満が33.6%、1万円以上3万円未満が27.7%、
それ以上が8.5%だった。

サイトイメージを確立するにあたって、おそらく最も大切なものはロゴのデザインではないだろうか。
よくデザインされたロゴとは、そのロゴ自体が意味を持ち、印象的で一目見て覚えやすいものである。
よくクライアントから「ロゴも適当に作っておいて」などと依頼されることが多いのであるが、
ロゴの制作はなかなか大変な作業だ。

・コンセプトを具体化
・手書きのラフを描く
・コンピューターを使ったロゴの作成
・様々な色の組み合わせパターンを試す

2009年4月14日火曜日

タイ・バンコク

今朝のトップニュースはタイのバンコクで起こっているデモ活動。
日本では平和が当たり前と思っているため、今朝のニュースで流れた映像などは、映画の中だけだと勘違いしている。。

ニュース記事を抜粋すると、非常事態宣言下にあるタイの首都バンコクの騒乱は、13日もタクシン元首相支持派
「反独裁民主同盟」が国軍部隊と衝突を繰り返した。
AFP通信が政府当局者や病院関係者の話として報じたところによると、
国軍が同日朝にデモ隊の強制排除に踏み切って以降、2人が死亡、113人が負傷した。
デモ隊の抗議行動は過激化しており、タイ政情は緊迫した局面が続いている。

「話し合いで解決しよう!」というような生ぬるい状況ではない。
沈静化するには力でねじ伏せるしかないのかな・・・?
それにしても、個人個人に自我のある人間なのだから意見が衝突してもしかたがない。
けれど、生きてこそ意見が言える。死者がでないように政府もやり方を考えなければならない。

2009年4月13日月曜日

最終面接中止

今朝のテレビで2000年度新卒の社会人に「自分達の時と今はどちらが就職難か?」
というアンケートをとったところ、約半数が同じくらいと回答し、3割は今のほうが厳しいと回答したようだ。
来年3月の卒業をひかえ、今就活真っ盛りの学生はさぞかし、不安でいっぱいだろう。

ネットでもこんな記事を見つけた。

「派遣切り」に続いて、新卒学生の採用内定を取り消す「内定切り」が問題化するなか、
選考を通過して最終面接までこぎ着けたのに、「採用計画が変わった」として「最終面接中止」
を言い渡す外資製薬企業もあらわれた。採用予定人数をしぼって採用計画を発表する企業は少なくないが、
一度始まった選考作業を途中で打ち切るのは異例だ。
採用環境が急激に悪化していることを浮き彫りにした出来事だ。

生き残りをかけた企業としての決断だが、内定切りなどをされた学生はへたすると、
高いお金をだして行った大学を卒業してもフリーターという状態になりかねない。
早く景気が向上してくれる事をただ願うのではなく、ベンチャー企業が日本を変えるという意識を
一人一人が持って仕事に望んでいかなければならない。

2009年4月10日金曜日

オペレーションシステム

ビジネスマンの三種の神器とよばれるもののひとつである「パソコン」。
パソコンなくしてのビジネスは成り立たなくなっている現代。
パソコンの血となるOSは重要なポジションに位置している。

気になる記事があったので載せます。

昨年12月、調査会社 ITIC とセキュリティ会社 Sunbelt Software が発表した調査も、
今回の調査結果と同様の傾向を示していた。
こちらの調査では、46%が Windows Vista を見送って Windows 7 を導入する予定と回答した。

ITIC の調査は、IT 業務について意思決定権を有する700人を対象に実施したものだ。

なお今回 ChangeWave は、2月9日から17日にかけて Windows 7 のベータテスト参加者68人
を対象に実施した調査結果についても発表した。こちらは、Windows 7 に対する満足度を調べたもので、
44%が非常に満足と回答を示す結果となった。

現在主流になっているOSはXPだが、vistaに移行する事はなくWindows 7になるかな。
パソコンに近い位置で仕事している人ははやく7をいじってみたいんじゃないかな!

2009年4月9日木曜日

対人

今日、障害を持った人が支障なく生活ができるようにバリアフリー化されてきているが、
それは建物のトイレやエレベーターなどの設備整備であり、「対人」としてのバリアフリー化がなされていないような気がする。
手話をいうものがあるが、歴史的背景を学びながら、少しでも身に着けていきたいと思う。

1760年以前、「孤立」していた聴覚障害者は、ごく身近な人だけにしか通じない
『ホームサイン』を使ってわずかな意思疎通をはかっていた。

1760年、ド・レペ神父が世界初の聾唖学校であるパリ聾唖学校を設立した。
ここで世界で初めてのろう者の「集団」が形成されたとされるが、実際には世界の大都市では常に聾者集団は存在した。
ド・レペ神父の貢献はこれらの聾者集団に読み書きを教えることで聴覚者との意思の疎通を可能にしたことである。彼らは、各々持っていたホームサインを統合し、発展させて、手話を創り上げた。パリ聾唖学校では、手話をもとにした教育法であるフランス法が確立された。

パリ聾唖学校の試みは、ヨーロッパ各地に波及していき、各国独自の手話が創り上げられた。

1862年、江戸幕府に派遣された第一次遣欧使節一行はヨーロッパの聾学校や盲学校を視察していた。

日本で最初の聾学校は、古川太四郎が1878年に設立した京都盲唖院である。ここに31名の聾唖生徒が入学し、日本の手話が誕生した。

手話などを覚えることにより、聴覚に障害をもった人でもスムーズな「対人」との関係を築けると思う。

2009年4月7日火曜日

14年間サッカーをやっていたが、はじめた頃と比べるとサッカーボールのデザインはかなり変わってきている事に気づいた!14年前のサッカーボールと言えば白黒の皆がイメージするデザインのものだ。しかし現在ではデザイン面や耐久力、性能の改良が重ねられ、様々なボールが登場している。そもそもサッカーボールのデザインはどこで決まったのか?歴史的背景をウィキで調べてみた!
「現在世界で生産される手縫いのサッカーボールの70%から80%程度が、パキスタンで製造されている。パキスタンでの製造が多い理由として、1947年までイギリスの植民地であった事。外部パネルの原料となる皮革、内部を膨らませる膀胱を供給する牛がたくさんいた事。特にヒンドゥー教国である隣のインドと比較してイスラームがマジョリティであるパキスタンでは牛の屠殺に対して抵抗が無かった事が挙げられる。サッカーの黎明期となる19世紀末まではこれらの原料をイギリスに輸送した上で、生産が行われていたが、完成品をパキスタンで作る方がコストを省けることが分かった為20世紀に入るとパキスタンでの製造が増大した。現在でも人件費のかかる手縫いのサッカーボールに関してはパキスタンでの製造が続けられている。」
最近は仕事ばかりで運動できていないが、次の休みの日はサッカーボールを持って公園にでもいこうかな!